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東京高等裁判所 昭和36年(う)1635号 判決

控訴人 被告人 佐藤繁義

弁護人 三根谷実蔵

検察官 寺尾樸栄

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中八〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

弁護人の論旨第一点について

所論は要するに、原判決が引用添付した別紙(二)の判示事実につき被告人が水野惣松をして三井銀行札幌支店に金一、〇〇〇、〇〇〇円を入金させたことを認めこの段階で騙取を遂げたものと判断したのは、法律適用の誤、理由くいちがいの違法を冒したもので、その判決に影響を及ぼすこと明かであるというにある。

よつて、所論に基き本件記録を精査し原判決を仔細に検討すると、原判決挙示の証拠によれば、被害者水野惣松は被告人の原判示のとおりの詐言により佐藤信市すなわち被告人名義の当座預金口座開設のため一〇日間位丈右銀行支店に預け置くにすぎずその後確実にその払戻を受け得るものと誤信し昭和三四年三月一六日被告人に伴われて右銀行支店に赴き現金一、〇〇〇、〇〇〇円と取引に使用すべく新調された印鑑を提出し所定の当座勘定取引契約締結の手続を了え、銀行員より自ら小切手帳、当座勘定入金票を受領すると共に右印鑑の返戻を受け爾後之等を終始自ら所持していたことが認められ、恰も所論のとおり右金一、〇〇〇、〇〇〇円は尚被害者水野惣松の支配下に存するかのように思われるが、他面において、右印鑑は被告人が註文新調したものであつて、被害者水野惣松が入手するに先き立ち秘かに約束手形用紙二枚に右印鑑を押捺して何時でも所要事項を記入し振出せるように準備していたことが認められるとともに、当座勘定取引契約においては本来小切手の支払を目的とするが、これに附随して当座勘定契約締結者において該契約締結銀行を支払場所と指定して振出した約束手形についてもその支払を委託されたものとして支払をする旨の約定がなされていることが取引慣行上通常であるのみならず今井銀一郎、三浦喜作の各司法警察員に対する供述調書、被告人の昭和三六年一月二五日付及び同年二月一日付検察官に対する各供述調書によれば、本件の場合も右約定のなされていることが窺知されるので被害者水野惣松が被告人に欺罔されて少く共一〇日間位は手許の小切手帳を使用しない意思であつたのに反し、被告人は直ちに右金一、〇〇〇、〇〇〇円を払い戻すことを企て、且つ現実にその払い戻しをうけ得る態勢にあつたと言うべきであるから、畢竟、右金一、〇〇〇、〇〇〇円は右銀行支店に入金されることによつて事実上被告人の自由に処分しうべき状態に置かれたものと解するのが相当であり、従つて、原判決が原判示の如く被告人において水野惣松をして三井銀行札幌支店に金一、〇〇〇、〇〇〇円を佐藤信市名義の当座預金口座に入金させてこれを騙取した旨認定したのは固より正当であつて、原判決には所論のような違法はなく、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長裁判官 山本謹吾 裁判官 目黒太郎 裁判官 深谷真也)

弁護人三根谷実藏の控訴趣意

第一点原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の適用の誤があるから刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十条により破棄せらるべきである。

原判決は、その理由の記載から明らかなとおり、別紙(二)昭和三十六年二月八日付起訴状公訴事実の犯罪事実につき、刑法第二百四十六条第一項を適用して詐欺の既遂を認定している。その判示事実は次の通りである。

「被告人は、昭和三十四年三月十日頃北海道札幌郡豊平町月寒四百四十一番地水野惣松方において、同人に対し、真実は、被告人の当座預金口座開設資金として銀行に振込まれる金員は直に自己振出名義の約束手形の決済名下に払戻しを受ける計画であるのに拘らず、その情を秘し、中略、同人をして右百万円は単に当座預金口座開設に使用されるのみで、開設後は同人において確実に金員の払戻しを受け得るものである旨誤信させ、因つて同人をして同年三月十六日頃、札幌市北一条西四丁目二番地所在三井銀行札幌支店において、情を知らない同支店支店長代理今井銀一郎に対し、佐藤信市名義当座預金口座開設資金として、現金、小切手等合計百万円を交付させ、右口座に入金させてこれを騙取したものである。」

右のとおり、原判決は、被告人が水野惣松に対し欺罔手段を用いた結果、被害者たる水野が情を知らない三井銀行札幌支店支店長代理今井銀一郎に現金等を交付させた段階において詐欺の既遂を認定されている。詐欺罪の成立には、被害者が欺罔手段を施した者に対して直接財物等を交付することを必要とするものではなく、第三者に交付せしめる場合もこれに該ることは勿論であるけれども、本件の場合は、その具体的な経緯をみれば明らかなとおり、たとえ、一時的にせよ三井銀行札幌支店に被告人の当座預金口座を開設すること、その資金として被害者水野が百万円を融通したことは真実であり、欺罔の核心は開設後数日中に払戻をうけさせるようにすると虚偽の事実を申し向けて、その旨誤信させておき、一方その間に自己振出の約束手形で右金員を決済名下に払戻をうけて騙取した点にある。即ち、前記水野惣松が被告人から判示の如く欺罔されたため、前記のとおり誤信して百万円を支出することとなつた事実のみをみれば、一応抽象的には因果関係はその段階で完結しているかのようにみられるけれども、その実質に着目すればこの時点では被告人の騙取の行為は終了していない。この意味において全般的に通観するとき、被告人の詐欺の実行行為は未了であり、既遂の要件を充足していない。これを、法律的構成をする以前の自然の社会的事実に還元してみれば、右の主張は一層明瞭である。即ち、本件においては被告人は当初企図したとおり約束手形を振出して右資金の払戻をうけて結局騙取の結果を生じているので、詐欺の既遂を認定されても実質上不当な判決ではないかのように考えられるが、仮に、被害者水野が判示の如く交付した後に被告人が意をひるがえして被害者に払戻をうけさせたとき、又は何等かの事情により被告人の企図するところが発覚して、被告人が払戻をうけることができなかつた場合等には当然詐欺の未遂が認められるところである。原判決の論旨によれば、右の場合にも未遂は認められず、既遂をもつて論ずることとなろう。その結果が不当であることはいうまでもない。以上の意味において、原判決は法律の適用を誤つた結果、判決の理由にくいちがいがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであると考えられる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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